四次元パーラーあんでるせん

あんでるせんについて②

あんでるせん第二弾!

前回の続きを書いていきますよー!

マスターは超能力者なのか?

前回の記事であんでるせんのマスターは超能力者だから!と言いましたが・・・

今更ですが、超能力って何だっけ(笑)?

超能力(ちょうのうりょく)は、通常の人間にはできないことを実現できる特殊な能力[1][2]のこと。今日の科学では合理的に説明できない超自然な能力[3]を指すための名称。古代シッディ神通力などとも呼ばれた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/超能力

通常の人間にはできないことを実現する特殊能力!

マスターはあらゆるものを自由自在に変形したり消したり出したり、予言も透視もできる。

まさに神通力そのもの!

にもかかわらず、マスターはご自分のことを

僕は特殊な超能力者で、皆さんと違って特別だからできるんです

などと自慢したりは決してしません。

むしろ

「訓練すれば誰でもできるようになりますよ」

「何事も3か月間、愚痴を言わず真剣に続けていれば必ずできるようになります。

この言葉を繰り返していたのが印象的でした。

マスターは来た人たちにこのメッセージを伝えるために

40年以上ほぼ毎日ご自分の使命を果たしてらっしゃるんだと思うんですよね。

考えてもみてください。

仮にマスターに自己顕示欲や金銭欲があったら、

喫茶店にしないだろうし、汗かいて33人分の料理を一人で作らなくてもいいし

ただ超能力だけ見せてみんなからお金を貰ってればいいんですよ?

でもあえて全部超能力にせず、タネのあるマジックもやったり

見せる内容のレベルを少しずつ様子を見ながら高くしてる理由は

目に見えないことに対しての私たちの理解力がまだ低い」からじゃないかな?

と思うんですよね・・・

非日常的である意味非常識なマスターの神通力をみて

メンタル崩壊したり、心臓発作を起こさないように(笑)

ユーモアを交えつつリラックスできるよう配慮してくれてるというか愛情なのかな、と感じました。

マスターにしか出来っこない、自分には絶対無理だ!

と思うか

・全部マジックだ、こんなのインチキだ!

と思うか

・マスターにも出来るならきっと自分にもできるようになる!3か月続けてみよう!

と素直に思えるのか・・・

1つの出来事を同時に見ていても 心の在り方よって全く異なる現実になる。

そしてそれを選択できる余白を残してくれているマスターの謙虚な姿勢と

能力があっても驕ったりせず、汗水流して心を込めて働くことの尊さを教えてくれる。

ここもあんでるせんの味わい深さだと思います。

マスターからプレゼントされる●●の意味

ショーの中では番号を割り当てられるのでくじ引きで選ばれた人がマスターの言われたことに協力します。

例えばある人の名前(フルネーム)・生年月日・悩みごとをマスターに見えないように紙に描きます。

マスターは一切見てないのにそれもピタリと当ててしまうんですけど(笑)

悩み事は「娘の事」としか書かれてなくても、具体的に何で悩んでるのかをスバリ言い当て

ちゃんとアドバイスやヒントを下さいます。

そのあと、選ばれた人にその場で直筆メッセージをプレゼントしてくれるのが恒例です。

落款付きでマスターのサインもくれるので貰えた人は大変喜んでらっしゃいました。

ショーの前に撮った写真に、それと同じメッセージがカウンター正面に貼ってありました。

何か深い意味があると思ったので意味を調べてみたら、案の定でしたね。

カレンダーの左上に貼ってあるオレンジ色の紙がそれです

拡大してみた

見る人の心こごろにまかせおきて

高嶺にすめる秋の夜の月                  

(みるひとの こころごころに まかせおきて たかねに すめる あきのよのつき)

この詩は鈴木弘恭さんという明治時代の国文学者だった方による和歌で

出典・・・新渡戸稲造著「自分をもっと深く掘れ」より

さて、みなさんはこの詩からどんなメッセージを受け取りますか?

続く